女は50を過ぎてはじめておもしろくなる〜A woman does not become interesting until she is over 50〜

勉強もスポーツもがんばらず何となく生きてきた20代、心構えもなく何となく30代で結婚し、40代で何となく人生のアクがでて、50才を迎えて今。このままでいいのか、もうおそいのか、迷える50のばばあが一発奮起して自分を変える旅にでた。せまりくる老いと闘いながら、日々考えることを書きながら自分とむきあっていくブログです。

またどこかで。

このブログも数年が経ちました。

ほんとうに、ふだん過去を振り返ることをしないから

去年、今ごろこんなことしてましたよーてな

気の利いたメールがブログから送られてくると

 

ほおー、ほほーーって

感心して、笑って、遠く1年前を思いかえす

時間がこのブログのおかげでつくれました。

 

 

書くことが好きで

これしかないって気がついたのはつい最近のこと。

しっかりと10年先、20年先の人生を考えて

生きるようにしたら

いろんなものが見えてきた。

それをたぶんどこかで

なんとかなるさ的におちゃらけて考えて

みてなかったからなんでしょうね、気づかなかったのは。

 

 

 

続いてるじゃん!

 

FC2からはじまって、Yahoo!ブログ

そしてアフリエイトやるか!といってこのブログもはじめたけど

こういうものには全然向いてなかったという

答えがでたこのはてなブログ

何事も飽きっぽくて根気がないのに

書くことは10年以上続いてることが、

そうかこれなんだ、これだったんだって

わかっただけで幸せの絶頂のもうすぐ55才です。

 

やんわりと大人になった自分はいつのまにか

ほんとうに好きでやりたいことを

見失ってたんだと。

それは子供のときに自分のダメなことをわかるより

大人になって、自分のダメなできないことが

わかって受け入れるのは相当ツライから

自信のなさから見ないようにしてたワタシです。

 

 

リコンという大きな転機を吉にするも

凶にするも自分次第だから

がんばったこともないくせにがんばろうと

空回りして

車輪が脱輪。コロコロと転げ落ちる車輪を

歩いてひろいにいくのは

大人になった自分をもう一度みつめなおすことでした。

 

 

つけ方もなおし方もわからずに

車輪を抱えて向かったのは

同じように車輪を持って集まった大人たち。

 

自分だけじゃなかった!

という安心感がほっとここに来てよかったに変わって

安心して悩んでる気持ちをぜんぶ吐きだすことができました。

 

そこで詰まってたものを吐きだしたら

そうか、自分は車輪のつけ方もなおし方も

知ってたんだってことに気づいて

それが今、家族でゆっくり、ゆっくり

動かしはじめてるところです。

 

そう、一輪車で走ろうとしてたんです。

うちは四輪。パワーはないけど、不安定な一輪車よりは

ずっといい。

 

実はこたえはわかっていても

大人になるとだれもが見ないようにすることが

上手になっていって

それはケガをしたら、クスリをつければ治るって

知ってることと一緒かなって思います。

子どもは転んだら痛くてワンワン泣くだけ。

 

でも、大人も自分で治さないで

ワンワン泣く時間をつくったほうがいいって

おもいますよ。

 

 

それが自分に気づくチャンスになる。

できない、わからない、弱い自分に気づくチャンスに。

自分を見つめるって

本当にツラくて難しいこと。

 

でも、そのあとそこからどうするかは

それぞれの生き方になる。

 

ひとりで泣くのは辛すぎるから

優しく慰めてくれるパートナーを

絶対見つける!もよし

一度泣いたら、泣くことはやめる自信がなくなったから

せめていっしょに泣く仲間を見つけたい!

もよし。

 

 

ワタシはというと

強くなりたい!と思ったんです。

弱い自分がかっこ悪くて

自分で自分を好きになれないから。

強くてかっこいいばばあになりたい!

と自然に心にでてきて望んだこたえでした。

 

 

やりたいこと、

行きたいところ、

会いたい人、

 

生きている時間

そんな欲求で満たしていきたいなーという

思いです。

 

そこにはきっといろんな壁があるけど

考えて、向きあって、よじ登ったり、ちょっとこわしたりすることで

自分は強くなることができるんだって

小さなこたえが見つかったところです。

 

 

そしてそのために

またもう1つのステージに

ここから旅立つことにしました。

 

 

ワタシのブログの定義は

悪口を書かないこと

できるだけ面白く書くこと

 

そして、こんなブログに

電源、ギガ、時間を使っていただいたみなさまに

感謝の気持ちをいっぱいこめて

必ずお別れの言葉を残すということです。

 

 

最後に世の中の ばばあのみなさん

やりたいことやりましょう!

 

それはワガママっておもってるのは

決断できない自分へのいいわけかも。

 

もう輝けない、どうせばばあだからって

自分を自分できめたら

そこでおわっちゃいます。

 

残りの人生はあんまりない。

まわりがなんと言おうと

ぶっちぎりでやろうではないか!

人生が充実したら、そんなしあわせなばばあを見て

あなたの近くの人たちはみんな

幸せを感じるはずだと思います。

自分がだれかを幸せにする人生は

かけがえのないものなんだろうなーって

わくわくしながら

このブログのお別れの言葉にします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちばを想う。

台風なんて学校や会社が休みになるかくらいの

 

興味だったのに

 

こんな大変なことになるなんて。

 

それも千葉が。

 

 

たぶん都内に住んでたら、千葉の人大変ね。。くらいの

 

お気の毒さなんだろうけど

 

部屋の電気をつけるとき

 

シャワーに入るとき

 

夜、自分の布団で寝るとき

 

何だか被災してる人たちを考えて

 

とってももうしわけなく、ツラくなる。

 

同じ千葉なのに、こちらは普通でもうしわけないっていうか。

 

 

木や電柱が倒れたら、がんばりようがないよ。

 

なんとか早くもとに戻ってくれ!と

 

祈るばかりです。

 

あ、まだ1年も経ってないけど

 

ワタシもチバケンミン?に

 

足の指先くらいまで。なってるのかも。

 

 

ちばの人とは合わないから、ここには住まないなんて

 

言ったけど。

 

こんな時になんですが、それはそうなんだけど

 

しばらくは千葉にいるし、ちばの人たちと

 

同じ町で暮らすわけだから

 

ほんとに、ほんとうに

 

なんとか気持ちだけでも前向きに

 

ガマンするしかないですが

 

ホントに早く普通に暮らせる日が来るように

 

ばばあ真剣に祈ってます!

 

 

よくばりばばあ。

秋ですかね。もう秋。

そう。秋といえば世の中おいしいものだらけ

に囲まれてきたよ。

 

食べることってサイコー!な

ばばあの皆様

食べようではありませんか♪( ´θ`)ノ

 

 

ばばあがスタイリッシュになったところで

50歳は50歳。

さっさと自覚しよう。

 

でも、見た目も気にしながら

食べたい願望と戦っていた20代はもう過去の話よ。

ここは気持ちをひとつに

美味しいと幸せを感じながら

秋をのがさず食べたいワタシです。

 

首にスジ立ててダイエットしてる姿は

エスト細くしても、お尻はナスビ。

ちょっと悲しいもんすら感じる。

きっと若い頃それなりにモテて

他人から脚光をあびてしまったんだろうなぁ。

 

もしワタシがそうだったら

自分がおばさんになってる現実を

うやむやにしたいから

エステやジムや

もしかしたら韓国行っちゃうことも

あると思う。

 

ワタシはまだキレイよって。

 

でも、幸いなことに

まったくモテもせず、ちやほやもされなかったんで

いい感じで開きなおってチカラぬけて

ここまで幸せに生きてこれた。

モテなくてよかった人生。

 

 

ただ、ほんのひと握り

モテてきたにもかかわらず

そんなもんにも踊らされず、調子にものらず

自分の高みを目指して

それでいて謙虚でって。

 

だれ?

うーん、吉永小百合とか。

 

小百合はなー。

完璧にバランス良すぎてつまらないっていうか。

もし、小百合が

あら、スカート履き忘れてたわ、とか

昨日からめんどくさくて歯みがきしてないの、ほーっほほ、とか

もしも言ったりしたら

大好きになります。

 

 

でも、欲ってなんだろう。

満たされてないからだってずっと思ってたけど

世の中で満たされまくってる人ほど

欲があるように最近はみえてきた。

 

リコンした今より

いろんなものが満たされてたケッコンしてた頃

のほうが満たされてる気がしてなくて

でも、どんなときでも

満たされ感100パーセントになってしまうと

がんばろうって気も起こらなくなっちゃうんじゃ

ないかっていう

100パーセントの満たされ状況になるわけもない

ワタシが考えるなっていう話です。

 

つまり欲ってほどほど

腹八分目なんだろうな。

これが一番むずかしいんだけど。

 

 

 

 

夏、終了。

夏終わりは、夏はじまりよりなんだか

体がつらいばばあです。

 

 

そんな弱ってるときに、このく○忙しさ。

あっという間に時間が過ぎていくんで

いいといえばいいけどね。

 

 

最近は週末ごとに神奈川方面に

出向くワタシ。

 

そういえば、神奈川って言わないよね

神奈川の人。

住んでるところは?「横浜」っていうのは

横浜かっこよさ?

 

なのであえて神奈川って言うてみましたよワタシ。

 

 

なんと1年足らずで千葉熱がほぼ冷めていき

いいながらも

千葉方面で見かける若い男子は

あっちもこっちもイケメン率高い!

というムジュンしてる50歳。

 

 

絶対、千葉顔はイケメンだとおもうなー。

 

うちの80歳は

「千葉の人はふとってるわねー」と言ってた。

自分もそこそこの太り具合なので

ちょっと満足げで

でも、いいところはみんなが太り気味だということ

なので80歳も千葉イチオシにはならないみたい。

 

さらば、夏。

 

さらば、千葉?

 

 

 

 

 

 

 

 

まいにち、まいにち。

きっと私の前世は、フーテンの寅さんか

はたまたスナフキンみたいに

働いてるけど、なにかしらふらついて

1つの場所にいない気ままなヤツ

だったとおもう。

 

あ、寅さんもスナフキンも働いてないか。

 

 

まいにち同じ時間に起きて

同じ電車に乗って

同じ会社に行って

当たり前なんだけど、こんなこと

「無」にならないとできない。

「む」ですよ、む。

 

 

誰かが言ってたけど

日本人の7割は自分で決めるより

だれかが決めてくれたり、なにかあたえられたり

された場所が安心なんだそう。

 

てことに

びっくりした( ゚д゚)

 

 

そうなの?

そうなんだ。

 

 

自分で決めて勝手にやることに

生きがいを感じてるわたしが

世の中に出るといきぐるしいっていうか

心地わるいっておもうはずだわ。

 

 

変わりものっていうひとくくりで

片付けちゃあいけない。

最近はそうおもう。

 

そしてムダに深ぼりする。

 

じつはそういうふうにしてる人でも

それがいいと思ってるわけじゃなくて

みんながそうしてるからとか

自分だけ違うこと言ったりやったりする勇気がないとか

人になんかいわれるんじゃないかとか。

なんじゃないのかなーなんて

おもうようになりました。

 

 

ワタシみたいに

右行けっていわれたら左に行くようなやつは

そこらへんは悩まない。

でも、納得してなくて右行く人は

そういうふうにやったりしてる人を

やっつけようとしたりして

ワタシもそういう目によくあったりする。

ほっとけ。

でもなんでほっとかないか。

 

 

そう。

人間も集まると弱肉強食な空気になるのは

当然といえば当然です。

 

 

じゃあみんな個人主義で行こうぜってすればいいってことですが

むかしむかしは「個人」と「社会」って言葉すら

なかった日本で、個人が一人一人考えもって社会を

作ろうよっていうのも

むずかしいわけです。

最近すこーしかしこくなった(ような気がしてるだけ)

ばばあはおもうわけです♪( ´θ`)ノ

 

 

そもそも

働いてる会社の利益が上がればお給料が増えたり

いいことが起こるのに

それにはそこにいる人たちが

よしやろーぜって仲良く働けばいいわけで

その中ではりあったり、いじめたりしても

自分にとってもいいことないのになーと

いちいち噛みついてくる人に思うんです。

 

 

噛みつく情熱を

仕事に向けろ。

 

といいたい。いわないけど。

 

 

それが世間ってことしか知らない

島国の視野のせまさなんだろうな。

 

 

たとえば同じ立場でできるヤツがいて

ほめられたりするからムカつくんじゃなくて

そいつに頑張ってもらって会社を

どんどん良くしてもらって

自分は自分のがんばりでやってればいいのに。

 

一人一人違うって

スマップも言ってた言ってた。

 

一人一人違うから、測る物差しも違うし

メモリも単位も違うと

ずっと思って生きてきたワタシです。

 

同年代で

たとえば霧島カレンなんて

同じ時間を過ごしてるのに

なんて優雅なんだろうなーと

おもうだけで

そもそも違うから比べることができない。

 

 

でもちょっとマネしてみたり

して楽しんでるくらいで

じゅうぶんです。

 

 

一体なんの話してるんだろ。

 

 

そろそろ夏もおわるけど

ワタシの人生のモサクは続きそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つけっぱなし問題

相変わらずの毎日がサザエさんもんだい。

 

つまり何というか

毎日何かしら問題が起こるってことで。

問題って言うからには

どちらかというといいことって言うより

悪いことっていうか。もめごとっていうか。

 

それでも

もめごとの規模は小さくなるつつあって

調和がとれてきたっていうより

みんな疲れてあきらめてきたかんじです。

 

花火の度合いにすると

地面に置いて火ーつけて、あわてて離れて

ドッカーン!てやつだったのが

今はセンコハナビ的なピリピリポトン、に

なってきたんだけどね。

 

 

サザエさんクレヨンしんちゃんドラえもん見てて

毎日そんなに色々と出来事ないだろって

つっこんでたのに

今は、毎日こんなに色々あるんだっておもってるワタシは

ヘトヘトですが。

 

 

18才の言動はゆれゆれだから

もう口きかない!

食べない!

家出する!

 

と言っても言ってるだけで

こう言って、だれかの引き留めを要求してるっていう

めんどくさい思春期です。

 

めんどくさいけど

カンタンです。

 

 

ある日のこと

なんかベッドでかちゃかちゃと食べてる80才。

のぞいたら、器に入った大豆を味付けもしないで

食べてるから、どうしたのか聞いたら

 

「タンパク質とってる」

 

「へえー、なんで?」

 

「体にいいから」

 

「そうだね」

 

「ところで、タンパク質ってどういうふうにいいの?」

 

( ̄◇ ̄;)

 

で、でたでた、根拠のない健康志向。

ばばあアルアル。

 

これにつっこんで

たとえば説明しても

明日には忘れちゃってるから

無駄なことはせず、うけながすワタシ。

 

 

そしてしょうがないけど

もうつけっぱなしのクーラー問題。

 

リモコンみると

ずーっとエンドレスでつけっぱなしなのを思い出すけど

ムリムリ。

週末は40度だって。

ムリムリ。

 

 

エンドレスエアコン、しょうがないってことです。

 

 

 

 

 

 

 

暑いけど元気。

たぶんおそらく、夏休みモードがただよってるから。

 

この、ゆる〜い感じが必要です。

 

会社に毎日行ってると、ゆる〜い人って

排除されるから。

ついこの前も、最近慣れてきてすっかりココロを許して

たとおもってた人からの「喝!」

 

 

いやいや、相当おちこんだ。

そりゃあそうだけど、そこまで怒る?キレる?

 

そうか。実はずっと怒らせてたんじゃないか?

実は話しかけてたのもうっとおしかったのか。

とか、もう、会社に行くのがはじめてイヤになった。

 

 

しかしここからが今のワタシはひと味ちがう。

たぶん今までだったら、相手を完璧無視したか

何かしらの作戦で陰謀をたくらんだか。

まあ、それはないけど

とにかく敵とみなしたとおもう。

 

 

でも、まずそもそも

この人は何を考えて仕事してたんだろうって。

 

そう、この人は仕事で人を認める人だった。

真剣に仕事してるってことで

コミュニケーションとる人だった。

 

そんなくだらない雑談や気を抜いた許さは

いらないって人だった。

 

 

という結論になって

とにかくもう話しかけずに黙々と仕事したわけ。

そしたら何とめったに自分から話しかけない人が

話しかけたり

クッキーくれたり。

 

 

もうどうなってるんだ。

人の価値観はさまざまです。

 

いくら仲良くなろうとおもっても

かなわない相手がいることもいるんだって

54歳の夏、ばばあははじめてしったのでした。

 

 

そして3世代同居、大もめです。

次女と80才がガチンコになってる。

何がどうダメなのかって

すべてダメ。チグハグな18才と80才。

 

 

そして、もしかすると来年あたり

千葉を引越すかもです。

最初はもりあがってた千葉移住も

みんなの拠点が別のところだってなって

みるみる具体的に話が進んでて

決まってはないけど

たぶん、決まるかも。です。